Open ! Architecture 2012 秋

建物それぞれの「誇り」を 街全体で見直す活動をしている グループ Open ! Architecture 「建築解放区」の活動は前から注目していたのですが なかなか日程が合わず 漸く この秋から参加しました。


10月11日 L'institut Francais Tokyo

 L'institut Francais Tokyo は 市谷にあり8月までは「東京日仏学院」と名乗っていたところです。
都心の繁華街のど真ん中に、こんな静かな空間が残っていることに感心しました。

設計は、ル、コルビュジェ門下の坂倉準三、モダニズム建築の由です。...
1951年竣工のこの建築に 「モダン建築とは?」と問うたところ、「年代を問わずモダニズム理論に則ったのがモダニズム建築で、モダン建築の一種である。」との答えで、一つ賢くなりました。
幾度にも亘る耐震補強が加えられていましたが、スラブとピラーを主体とする構造は地震のない国の発想だなぁと、変な感心をしました。

木漏れ日の射す中庭のテラスでのランチは、なかなか乙なものでした。


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10月18日 東京ジャーミーとトルコ大使館

ジャーミーとは、金曜集団礼拝のための大型モスクのこと。
2000年に建て替えられたこのモスクは、大きなドームを6つの小さなドームで支えるオスマン様式で、コンクリートと水以外は、すべてトルコから輸入されたとのこと。
堂守さんから、偶像崇拝が禁じられているイスラムに則ってカリグラフィー、植物文様、幾何学文様で装飾されている等の説明がありました。

大使館は、丹下健三の設計。 丹下は、この他クウェート大使館、ブルガリア大使館を設計しています。
狭い土地に、大使館としての要求を納めています。
大使館では広報担当の参事官から、トルコ国の概要、日本との友好史、トルコ建築史さらには大使館の建物の概要が紹介されました。
トルコ建築史は、トルコが北モンゴルに発祥した頃の遺跡、オスマン帝国が北アフリカに残した遺跡、またインドのタージ・マハールがトルコから招かれた建築家によって作られたこと、さらには高さ260mの現代建築にまで及びました。

写真左は ジャーミーの塔、右は外装の一部。 大使館の内部は撮影禁止、外部は狭隘で撮影不能でした。


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10月19日 オランダ大使館

現在、大使公邸として使われている建物は、米国人ガーディナーの設計による昭和初年のもの。 文化財登録の対象になるが歴代大使の意向で登録せず、時代に合わせた改修を施して活用しているとの由。

オランダの現代建築家の設計により1991年竣工した大使館(事務棟)は、扇形の平面形状をしているが、幾つかの設計案の中から出島を思わせるとして当時の大使が選んだもので、出島を意識して設計したものではない由でした。

見学の後、大使館の担当官から日蘭修好史の紹介がありました。

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10月21日 鎌倉の洋館巡り

途中、乗っていた江ノ電が人身と接触し暫時車内に閉じ込められるハプニングもありましたが、
旧安保小児科医院(現:鎌倉風致保存会; 写真 上)
旧前田家別邸(現:鎌倉文学館; 写真 中)...
旧諸戸邸(現:長谷子ども会館 外観のみ)
加賀谷邸(居住中 非公開)
白日堂(営業中 外観のみ;写真 下) などを巡りました。

鎌倉文学館では、前田邸の変遷について説明がありました。
明治23年、茅葺和館の鎌倉別邸竣工
大正15年、本郷本邸と帝大駒場の土地を交換
昭和08年、駒場本邸竣工 (下屋敷に別邸を建てたとの認識は誤りでした。)
昭和11年、鎌倉別邸(洋館に建替え)竣工。時局がら駒場からの本邸移動も構想の由。
昭和20年、GHQによる接収。 その後佐藤栄作首相も別邸として使用。
その後 隣接地に隠居邸を建設、移転。
昭和58年、別邸を鎌倉市へ寄贈。
その後 隠居邸も鎌倉市へ移管。
前田家にとっても激動の昭和期でした。



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