=出 光 美 術 館


2019年


文人の楽しみの一つに「臥游」があります。絵画を見て
 その地に行った気分を楽しむのです。現代ならばテレビの旅番組でしょう。

その嚆矢/代表が北宋の宋廸による[瀟湘八景]でしょう。宋廸は帰任後 その地を描き懐かしみました。

これが憧れの対象となり雪村、探幽・安信、周文、守景、大雅など多くの文人により描かれました。

これに肖って[近江八景]、[金沢八景]などが提唱され、仙厓は[近江八景画賛]を描いています。

南宋の行宮所でもあった杭州の近く、中国四大美人の一人春秋航空の西施が入水したとされる西湖(せいこ)も名勝地として知られ[西湖十景]も彼の地で描かれ、元信、鴎斎、山楽、山雪が作品を残しています。

これらの他芦雪の[赤壁図屏風]、木米の[嵐峡渡舸図]など「閑雅」な世界を楽しみました。

(2019.10.14)


芭蕉が奥の細道の旅に出て
330年になるのを記念しての催しです。

最初に芭蕉の肖像画2点。俳聖として句会の床の間に掛けられることも有ったようです。

続いて短冊、画賛、懐紙、画巻、画扇など約30点。
筆跡もさることながら画にも長けていたことを認識しました。

発句の場で支援者に渡したものに記された句と紀行文[奥の細道]に収録された句が同じでないものがあり、その間に推敲されていることも分かりました。

芭蕉に私淑した蕪村、仙厓、放菴などの作品も展示されています。
仙厓の「古池や芭蕉飛び込む水の音」なる[芭蕉蛙画賛]には笑いました。

(2019.09.03)


唐三彩約100点、後継の三彩スタイル約30点からなる展覧会でした。

唐三彩は二十世紀初頭鉄道敷設工事中に偶然王陵墓から発見された多色釉陶器です。その後あちこちでも見つかっています。

女子、胡人、楽人、御者などの人物俑、馬俑、駱駝俑、万年壷(あの世での食料壷)、など明器(副葬品)と分かるもののほか、尊、鍑(酒壷?)、囷(穀類壷)などの壷類、盤、瓶なども展示されていました。
これらは実用にも供されたのでしょうか。

三彩が唐(長安、洛陽)で制作されたのは7世紀半ばから8世紀半ばまでと短い期間ですが、その後 遼の缸瓦窯、金の磁州窯、明の漳州窯、清の景徳鎮窯さらには日本でも江戸時代に源内焼、長与焼として焼かれています。

ペルシャとの関りも含め三彩の変遷が良く分かる企画でした。

(2019.06.29)

小山富士夫は 平安、室町時代から現代まで[和]のテイストの陶器を作り続けている窯業地の内 瀬戸、常滑、越前、信楽、丹波、備前を[六古窯]と名付けました。

これらの地でははじめは生活に資する焼物を作っていましたが、桃山・江戸時代には[茶陶]も作っています。

そして現代も生活雑器の生産を続けています。

この展覧会は[六古窯]+猿投、珠洲、美濃、伊賀、渥美の名品に関連する中国、朝鮮の陶器を展示していました。

(2019.05.05)

[染付]とは白磁にコバルトで青の文様を描き、その上に釉薬を掛けて焼いたもの。中国では[青花]と呼ばれ、[染付]は日本の茶人たちの命名。

景徳鎮の官窯で開花した[青花]の青は紀元前1C-紀元後1Cの東地中海地域にまで遡るとのこと。釉薬の下に文様を描く技法は 銅の絵の具で赤を描く釉裏紅を引き継いでいます

景徳鎮窯は明時代には皇帝の管理する官窯であったものが、清時代には皇帝の管理を離れた民窯となり、日本などへの輸出を目的とした受注品や、客先の好みに沿った文様が描かれるようになりました。

その技法は日本にも伝わり備前窯でも作られますが輸出港の[伊万里]の名前が定着しています。その後青木木米、板谷波山へと日本の陶芸として発展していきます。

大航海時代、東インド会社が活躍するようになると、景徳鎮や伊万里の製品がヨーロッパへ渡るばかりでなくオランダ・デルフト窯、イタリア・ドッチア窯、フランス・セーブル窯、ドイツ・マイセン窯などにも拡がって行きました

181点に及ぶ館蔵品によるこの展覧会は [染付]の歴史と世界的拡がりの大勉強をさせてくれました。
(2919.02.05)



2014年

仁清・乾山だけでなく 数は多くありませんが 道八、関連する中国・韓国のもの また Artist unknown の作品、更には 同時代の屏風も出展されている豪華に展覧会です。
仁清は gorgeousな色絵(これらは大名好みです。)を思い浮かべますが、公家に納めた 清浄・簡素な 白釉、錆絵の作品も多く心を惹かれました。
これらは 徳川幕府が京文化を受容する時代になると融合し、乾山へ そして道八へと継承されます。...
今月20日からサントリー美術館で「仁阿弥道八」展が開催されるので 楽しみです。

美術館のロビーからは 日比谷公園の銀杏の黄葉、今日から通り抜けが始まった皇居 乾通りの紅葉が遠望出来ました。
(2014.12.03)

数ある(106点)の中で;
沖ノ島に伝わった 金銅製高機(ミニチュア版 機織り機)と 伊勢神宮に遷宮毎の renewalを繰り返しながら伝えられた 金銅製高機が 瓜二つであること;
宗像大社が宋に発注した 阿弥陀経石 の拓本 の龕のため空白になった箇所に 仙厓が 阿弥陀如来を描いた 謂わば時空を超えたコラボの作品に 興味をそそられました。
(2014.10.01)
「鉄斎」を纏まって見るのは30年近く前 宝塚 清荒神の鉄斎美術館以来です。
未だ若い30代のときから 悠悠自適、晴耕雨読だったとは驚きですが、晩年は 仙境そのもの。
高士煎茶図に添えられた賛
六羨歌(ろくせんか)...
不羨黄金塁 不羨白玉杯 
不羨朝入省 不羨暮入台
千羨万羨西江水 曽向竟陵城下来
は仏教の悟りの境地に通じるものでした。
(2014.06.18)

館蔵の日本絵画のの選りすぐり約40点を分野ごとに展示していますが、
第1章 絵巻-アニメ映画の源流
第5章 近世初期風俗画-日常に潜む人生の機微を描く...
第7章 黄金期の浮世絵-妖艶な人間美
第11章 仙厓の絵-未完了の表現
などウィットに富んだ副題が付けられていて、斜めの目線でも楽しめます。

雪舟の落款が付けられていたこともある等伯の「松に鴉・柳に白鷺図屏風」も展示されていました。
(2014.04.16)

美校学生時代の作品から絶作まで、波山と云えばすぐ思い浮かべる葆光彩白磁の変遷を館蔵品100点余りで展開しています。...

同じ白磁でも、いわゆる白磁、氷華磁、蛋殻磁、凝霜磁、そして葆光彩白磁と昇華しています。

これらとは趣の異なる 彩磁月桂樹撫子文花瓶や朝陽磁鶴首花瓶などもあり、波山の世界を堪能しました。

延寿文とは、桃の実、花、蕾を組み合わせた吉祥文であるとの雑学を一つ獲得しました。

美術館のロビーから眺める青空に映える雪の残る桜田門は、一幅の絵のようでした。
(2014.02.16)


2013年

会期末が近い所為か大勢の人がきていました。

展示の最後近くの京狩野と江戸狩野の対比。
京都の永納の作が濃密で力強く、江戸の安信の作が瀟洒で優美。...
京都の公家文化、江戸の武家文化との一般的イメージとは異なり、興味深く観覧しました。
(2013.12.11)

仙厓さんは何度見ても楽しいですね。
最晩年の画に添えられた賛、「思い当たる処を言われてしまった」と苦笑したり、「同じこと思っていると」頷いたり しました。

併催されている一休さんゆかりのコレクションも見応えがありました。
(2013.10.23)

地味で崩し字を読めないものには退屈ではないかと危惧していましたが、華麗に料紙、色紙に舞う文字、絵画と書の融合した美しさ、酷暑・猛暑を忘れるひと時過ごすことが出来ました。
伝 紀貫之、光悦、仙厓などに交じり、昭和の書家の作品も存在感を示していました。..

「海賊と呼ばれた男」によれば、終戦時 外地からの帰還社員を受け入れるために多くの所蔵品を手放されたとありますが、ここに展示されている館蔵品は残っていたのでしょうか? それとも再度の収蔵品なのでしょうか?
(2013.08.01)

古染付(こそめつけ)、祥瑞(しょんずい)の名前は、中国の明代末期、景徳鎮の官窯が閉じられ民窯となってから焼かれた青花の焼き物に、見本の茶人が付けた名前です。

日本からの注文品だったのか日本を意識した文様のものがあったり、現代でも通用するようなナウいデザインのものがあったり興味深いものでした。...
はたまた石洞美術館出品の動植物の形をした器も楽しく、千住にあるこの美術館にも行ってみたくなりました。
これらの器に配された屏風、特に焼き物の植木鉢の盆栽図も素敵でした。
(2013.06.18)

「土佐光吉没後400年記念」と銘打たれていましたが、光吉あるいは土佐派に限らず狩野派の屏風絵、さらには琳派の作品もあり華麗な展覧会でした。
また、光源氏は在原業平に着想を得ていた、慶長年間に出てきた嵯峨本伊勢物語の挿絵がその後の源氏絵のモチーフになったり、源氏物語の場面が伊勢絵に引用されていたり、両者の交錯が良く分かる構成でした。
在原業平の物語がなぜ伊勢物語と呼ばれるかは謎のようです。
(2013..05.13)

三鷹の中近東文化センターに寄託してある「出光コレクション」の中近東文化センター改修記念のお里帰り展です。
Ⅰ 文明の誕生 - エジプト文明とメソポタミア文明
Ⅱ ローマ時代の技術革新 - ガラスの美
Ⅲ 実用の美 - イスラーム美術...
の3部構成 総勢144点からなる展示は壮観でした。

中でも紀元前22-18世紀の「葬送用彩色船模型」が、ほぼ完品で伝えられていることは驚嘆です。

6世紀イランの「カット装飾碗」が正倉院に伝わるものと瓜二つなのは、この時代の交易を表すものとして興味深いものでした。

三鷹の方にも往かずにはなりません。
(2013.02.05)


2012年
酒井抱一生誕250年記念として開催中、大震災のため途中閉幕となったものを再構成して展覧されています。
それ故か展示品の過半数が出光の館蔵品、驚異です。
宗達、光琳の流れを汲みながら抱一が成し遂げた一味違った美の世界を楽しみました。
(2012.11.14)

中国 隋時代から明時代からまでに加えて朝鮮王朝時代、日本の江戸時代までの様々な白磁が展覧されていました。
初期のものは白濁し柔らかく、青白磁と呼ばれる青味がかったもの、またGinoriのVeccio Whiteを思わせる元時代の印花文の小皿など、涼味満点でした。

併設の仙厓の画賛は、いつもながら洒脱で素敵でした。
(2012.08.28)

「祭」を祭礼に限らず、20余りの遊楽図(屏風)、祭礼図(屏風)、名所図(屏風)を中心に構成されていました。
各図に描かれている人物像は100を下ることはなさそうです。
帰り際 ポスターの片隅に載せられている「崑崙」が、どの屏風だったか気になって探したところ information の lady に手伝ってもらって 小一時間かかって漸く見つかりました。
実物とポスターの間に印刷技術的な色の差があった???
(2012.06.26)
鎌倉時代に禅とともに請来した文物とその源流である商・周時代の青銅器・玉が総勢160点展示されていました。
商・周はBC20世紀からBC10世紀、日本では縄文・弥生時代に当たります。
饕餮文(トウテツ--想像上の最高の動物)など文字も難しく造形も厳めしい器のなかで、鴟?文(読めませんがフクロウの意)の器は微笑ましく楽しいものでした。
(2012.05.01)